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四国西予ジオパーク

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私たちのルーツをだどる旅。

変わりゆく大地。変わらない原風景。

ジオとは大地のこと。大地の成り立ちと
そこで育まれた自然や生態系、人々の暮らしを
丸ごと感じることが出来る「大地の公園」がジオパークです。

西予市には、日本列島誕生期の貴重な地質や
海・里・山のおける昔ながらの人々の営みの記憶が残ります。

私たちが住む日本列島は、どのようにつくられたのだろう?
私たち日本人の祖先は、どのような暮らしをしていたのだろう?
そんな疑問に答えてくれます。

西予市内のジオポイントをめぐれば、日本のことを、地球のことを、
そして自分自身のルーツを強く意識できるはずです。

日本最古級の地質「黒瀬川構造帯」

日本最古級の地質「黒瀬川構造帯」 日本最古級の地質「黒瀬川構造帯」
日本最古級の地質「黒瀬川構造帯」

西予市城川地区を流れる黒瀬川。この流域の地質は周囲と異なり、シルル紀(約4億2500万年前)のサンゴや三葉虫の化石が数多く発見されています。 日本列島の地質は約2億5000万年前から始まる中生代から新生代にかけてつくられたものがほとんど。 さらに、人類の誕生が600万年前~500万年前であることを考えると、その地質がいかに古く、貴重なものであるか分かるはずです。

実は、この黒瀬川構造帯及びそれと関連する地層は、西は九州から東は関東まで続き、総延長は1,000kmを超えます。城川地区がまだ「黒瀬川村」と名乗っていた昭和30年代に、この特異な地層が初めて詳しく研究されたため、その名が付けられました。

日本列島誕生の秘密と幻の古大陸の存在

この黒瀬川構造帯の成り立ちには幾つかの考え方があります。その一つが、かつて黒瀬川構造帯は一つの古大陸を形成し、プレートの移動や衝突などの地球の活動を経て現在のような細長い分布になったのではないかという説です。さらに、サンゴの化石を分析すると、この構造帯が温かな場所に存在していたことが分かります。かつて南半球には、現在の南米・アフリカ・オーストラリア・南極大陸のほか、インド半島やマダガスカルなどが集まって出来た巨大な大陸ゴンドワナ大陸が存在していました。黒瀬川構造帯もその一部だったのではないかと考えられているのです。

黒瀬川構造帯の成り立ちには諸説あり、未だ解明されていませんが、そんな太古の謎に思いを馳せることができるのも、四国西予ジオパークの魅力の一つです。

「地域がまるごと」ジオパーク

四国西予ジオパークのもう一つの魅力は、こうした大地の特徴を活かし、私たちの祖先がどう歩んできたのか、その歴史を知ることができることです。

例えば、盆地が広がる宇和地区では、その広大な土地を利用し、古くから稲作が盛んでした。一帯からは、縄文時代や弥生時代の土器が多数出土し、有力な支配者の存在を物語る古墳が残っています。三瓶地区や明浜地区の海岸部に目を移すと、リアス式海岸の豊かな漁場を舞台に、漁業が盛んに行われてきました。海に面した段々畑は、その水はけの良い土地と照りつける太陽から、日本有数の柑橘の産地としても有名です。 また、標高1,400mにある四国カルストでは、雨水などによる浸食で形成された石灰岩のなだらかな地形を活かし、放牧が盛んに行われています。

大地を知ることは、地域を知ること、そして自分自身を知ること

このように海抜0mから標高1,400mまでの自然と歴史、多様な生態系に恵まれた西予市。まだまだ、西予市には眠っている宝がたくさんあります。そうした宝を再発見し、次の世代に残していくことも四国西予ジオパークの大切な役割です。

そのためには、多くの仲間が必要です。今後、西予市では、〝ジオ〟の魅力を観光客に伝えていただくボランティアガイドの育成を計画しています。あなたも伝道師として、その魅力を多くの人に伝えてみませんか?ジオを知れば、地球や人類の営み、そして自分自身のルーツも垣間見えるはずです。

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